能登地域の医療と福祉を支える現場から、
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「弱音を吐かず、力を合わせ、退かない」
被災を乗り越えた職員の絆と、全国からの支援に支えられて 

l_0402.jpg 入居者の様子 l_0404.jpg うめぼし作りの様子 l_0405.jpg うめぼし作りの様子 l_0401.jpg 施設内を案内する杉本事務長 l_0403.jpg 施設内を案内する杉本事務長

2024年の能登半島地震で最大震度7の激震地となった志賀町。その地に佇む「介護医療院 悠悠」では、現在も震災の影響が残る中、職員は協力し合って利用者様のケアに取り組んでいます。本レポートでは杉本雅孝事務長や職員の皆さんに当時から現在までの想いを伺いました。 

 

語り: 介護医療院 悠悠
事務長 杉本 雅孝

 

被災者でありながら利用者様第一で頑張った職員たちの強さ 

 震災発災時、私は年末年始の休暇で関東の自宅にいました。翌日の1月2日には何とか志賀町に戻ったものの、当施設はまるで「野戦病院」のような状態で愕然としました。あれから月日が経ち、当時を振り返って真っ先に浮かぶのはスタッフ一人ひとりの強さです。自身も被災者でありながら、利用者様第一でケアにあたるなど本当によくやってくれました。弱音を吐かず、力を合わせ、退かない。今となっても、すごいことだと思っています。
 
 震災後は助けられてばかりです。石川県看護協会をはじめ、DMAT、自衛隊などさまざまな組織にサポートしていただきました。県外から高校生ボランティアを受け入れたりもしています。全国から駆けつけていただいた応援ナースの方々もそうですね。「遠方より助けに来ていただいている」と感謝の気持ちでいっぱいです。本当に「天使のような存在」だと思っています。多く人々の支援を受けて今があります。私たちはこれからも、この地でできる限りのことをしなければなりません。
 
 現在の入居者は約60名で震災前と数はそれほど変わりませんが、必要な職員の確保を考えると、満床(72床)にはなかなかできない状態が続いております。施設内至る所で震災の影響がまだ残ってはいますが、完全復旧に向けて今夏からようやく本格的な工事が始まります。2026年度中には完了予定で、新しく生まれ変わった綺麗な施設で、地域の皆様の安心した日常をこれからも支えていきます。

職員の皆さんにも聞きました

Q1 仕事とプライベートは両立できていますか?

一日の仕事を終えて帰宅したら、オンとオフのスイッチを切り替えるようにしています。震災の時は忙しくて、そんなことを考える余裕もありませんでしたが、おかげさまで今は少しずつ、ミシンを使ったり、エコクラフトで作成したカバンや小物をSNSにアップしたりと、趣味を楽しむ時間もとれるようになりました。
 

Q2 仕事において工夫していることを教えてください。

震災の影響でケアに使えるスペースが狭くなるなど環境は大きく変わりましたが、利用者様のプライバシーへの配慮や、清潔の徹底は欠かさないようにしています。入浴や洗濯、おむつ交換など、不自由な思いをさせないよう、今できる最善を考えて行動しています。私は約5年前まで東京にいましたが、都会と比べても能登の皆様の『助け合う精神』の強さに日々励まされています。まだ制約はありますが、これからもチーム一丸となって力を合わせていきたいです。

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