ナースセンター

頑張るナースの声届けます

地域とともに33年。患者さんと同じ目線で、
自然体で受け入れることを大切にしてきました。

医療法人社団 岸谷内科医院(金沢市)
院長   岸谷 正雄 様
看護師長 岸谷 保子 様

地域の健康と安心に日夜貢献する岸谷内科医院の皆さん(写真中央が岸谷夫妻)

若いころから、離島や過疎地、海外など僻地医療に興味があり、医師である夫と将来の夢を膨らませていました。そのような中、ご縁があって金沢市の浅川地区に岸谷内科医院を開業したのは、今からもう33年前、昭和591984)年のことです。今でこそ隣接する湯涌地区と小立野地区を結ぶ道路が整備され、車を少し走らせると商業施設や住宅地が広がるなど、当院周辺を「僻地」とは言えなくなりましたが、私たちが移ってきたころ「金沢にこんなところがあったのか」と大変驚いたことを覚えています。往診するにも今のようにナビはなく、地主さんから託された地図が頼り。冬は猛吹雪の中、山道を1時間、恐る恐る走ったこともありました。
 
開業当初は患者さんが少なくて苦労しました。だから、たとえ時間外でも何かあれば診察しようと決めました。主人は点滴を交換するために、1日に何度も同じ患者さんのところへ通うこともありましたし、当時は救急隊が今と比べて十分に機能していなかったので、急な夜間対応も結構多かったです。とくに忘れられないのは開業1年目の冬、主人の母が亡くなった日に通夜ではなく往診へと向かったことです。「先生、動けないから、来てくれないか」という電話を断ることがどうしてもできませんでした。大変なこともありましたが、少しずつ住民の皆さんとの信頼関係を築いてきました。
 
軌道に乗り始めたのは3年目くらいでしょうか。当院は自宅も兼ねているので、今でも休診日に電話がかかってきますし、玄関のチャイムが鳴ることだってあります。散歩に出れば、挨拶もそこそこに診察の予約を受けることも。そのような日常が続き、あっという間の33年。その間、多くの住民の皆さんとお付き合いをしてきました。見送った方もたくさんおられます。住民の皆さんに当院は育ててもらい、私たちはその恩を返している最中だと常々考えています。高齢化が進む地域社会において、往診、訪問看護はもちろん、ご自宅へのお迎えやお薬の配達など患者さん一人ひとりの事情と健康状態に合わせ、これからも私たちが自ら動いていかなければなりません。このほか、周辺にある4つの福祉施設の嘱託医も任されるなど、もう「僻地医療」とは呼べないかもしれませんが、昔と変わらず地域に貢献できることに喜びを感じています。あらためて、いつも一生懸命に仕事をしてくれるスタッフに感謝したいです。これからも家庭的な雰囲気の職場を大切に、長く勤めてもらいたいですね。
 
最後に、20087月の浅野川流域の集中豪雨で、当院は床上浸水の被害に遭いました。あっという間の出来事に呆然としていると、周辺に住む方や、周辺の企業に勤務する皆さんが自主的に駆けつけ、泥出しなどを手伝ってくれました。自分たちだけの力では決して再開できなかったでしょう。ありがたかったです。いろいろな力に支えられながら、今日まで歩んできました。これからも夫と、そしてスタッフの皆さんとともに、体が動く限り、この地の「かかりつけ医」でありたいと思います。

企業で働く看護職の皆さんで座談会を開きました

看護職の活躍の場は、病院や福祉施設だけではありません。従業員の健康管理やメンタルヘルス対策など一般企業においても看護職のニーズが高まっています。今回の座談会は、企業の産業保健活動に中心的な役割を果たしている保健師、看護師の皆さんにお話を伺いました。

■ 早川 知子さん   先端ファブリックメーカー勤務(写真左から3人目)
■ 吉田 ゆかりさん トラック架装メーカー勤務(写真左から5人目)
■ 前野 朋美さん   電子部品メーカー勤務(写真左から6人目)
■ 橘 由佳さん    外資系製造業(精密鋳造)勤務(写真左から4人目)
■ 辻󠄀 真理子さん   総合素材メーカー勤務(写真左)
■ 平野 智美さん   電子部品メーカー勤務(写真左から2人目)

Q1. 皆さんのお仕事の内容について、簡単に教えてください。

吉田:従業員と派遣社員合わせて約1,300人が勤務する企業に所属し、産業看護師として社員の健康診断をはじめとした健康管理、保健指導、メンタルケア、安全衛生の対応などを担当しています。普段は社内の診療所に常勤し、産業医や診察医も勤務していますので、連携をとりながら、その仕事をアシストしています。
 
早川:私も社内の「保健ルーム」に一人で勤務しています。本社のある石川県をはじめ、東京、大阪、海外に勤務する社員約900人の健康管理とメンタルに関する相談への対応がメインですが、このほか、職場の安全衛生に関する業務も多くあります。健康診断は準備からの事後措置まで、有所見の方には、可能な限り個人的に面談を実施していますが、場合によっては、メールや手紙なども活用し、対応させていただいています。
 
辻󠄀:勤務先の本体社員数は350人強ですが、このほかにもたくさんの関係会社・グループ会社があり、健康診断となると合わせて約750人が産業保険サービスの対象となります。産業医の面談の調整や健診を実施するにあたり、関係会社の従業員の方と関わる機会は結構多くて、それぞれの会社独自のルールや考え方、さらにはさまざまな職種や勤務形態を考慮しなければいけません。社内で産業保健師は私一人なので、その点に困難さを感じることはありますね。
 
:私は外資系企業の健康管理室で看護師を務めています。業務内容は皆さん同様、病気やけがの応急処置、労災対応、健康相談などですが、アメリカにある親会社の規定によるプログラムがあるので、それに沿って、騒音職場で作業する従業員の聴力検査、フォークリフトやクレーンを操作する従業員のための健康診断、防塵・防毒マスクを使う従業員のための健康診断など、多岐にわたる健康診断を計画しなければなりません。従業員数300人弱で、その多くは日本人なので、英語がほとんど話せなくても日々の業務に支障はありません。
 
前野:従業員1,000人弱の会社で保健師をしています。皆さんとの違いは、私のデスクは健康管理室のような専用の部屋にはなく、他の事務職の方と同じオフィスで一緒に仕事をしていることでしょうか。さまざまな役割の方と机を並べることで、社内の雰囲気を感じることができ、業務において大変参考になっています。保健師というよりも一会社員だと自覚することが多いですね。
 
平野:私は前野さんと同じ企業に所属し、前野先輩と二人で健康診断などを通して、従業員が病気にならないように努めています。広範な業務の中で、とくに社員のメンタルヘルスケアやメタボ対策などに難しさと奥深さを感じています。
 

Q2.皆さんが産業看護職に就いたきっかけを教えてください。

早川:独身だった頃は、実家のある福井県の大学病院で、外科、内科、婦人科などさまざまな診療科で勤務してきました。結婚と同時に退職し、住居を金沢へと移した頃に通い始めた訪問看護講座の受講を機に、病院以外の場で一度働いてみようと思い立ちました。保健師の資格を取得したものの、企業とはご縁がなく、訪問看護ステーションなどで働いていました。現在の勤務先は私も皆さんと同じ、人からの紹介を経て就職しました。
 
吉田:以前、父親が関連企業に勤めていたこともあり、私にとって身近な企業であったことと、周囲の勧めもあり入社しました。それまでは自治体病院や個人病院、健康センターなど、さまざまな分野で看護職として働いてきました。育児や親の世話などで思うように続けることができませんでしたが、今となっては「すべてが必要な経験だった」と思えるようになり、今の職場でその経験が活かされています。入社後もいろいろなことが学びとなり、社員の皆さんからもあたたかく接していただきながら、日々仕事をしています。自分にとって「この職場は集大成」という気持ちを持っています。
 
前野:私は、野々市町(現野々市市)の保健師として第一歩を踏み出しました。数年後に結婚し、夫の転勤に伴い退職しましたが、この時に多くの保健師の先輩や行政職の皆さんから教わったことが現在の保健師活動の大きな基礎になっていると感じています。転居先の大阪では健康保険組合の職員となり、関西一円の企業に勤める被保険者の皆さんの保健指導に回りました。今の職場は、石川県に戻った後、軽い気持ちで訪れたハローワークで紹介を受けました。これが産業保健との出合いです。初めて保健師を採用した会社に入社したので、全てが一からのスタートでしたが、市町村、健康保険組合などで積んだ経験や人脈が大きく役立っていると感じています。
 
:病院に勤務していた頃、カウンセリングを学びたいと思い、産業カウンセラーの養成講座に通い始めました。そこで早川さんをはじめ、企業で看護職をしている方々と知り合い、その仕事に興味を持ち始めると偶然、ある企業で欠員が出る情報を教えていただき、転職を決めました。その企業には3年間お世話になり、次は別の企業で健康管理室の立ち上げに挑戦。結婚、出産、子育てと一時、現場を離れましたが、以前勤務していた企業の産業医の紹介で今の職場が決まりました。
 
辻󠄀:現在の勤務先の前任者が退職されると聞き、すぐに手を挙げました。採用されるまでの間、前任者はもちろん、他社の保健師の皆さんにも相談し、貴重な助言をいただきました。看護職と一言で表しても、本当にさまざまな活躍の場がありますが、企業所属の保健師は看護師としての経験を大いに活かすことのできる場であると個人的には思っています。とくに、これまでの精神科看護の経験は、今の仕事に活かされていると感じていますし、私が採用された理由の一つでもあると思っています。実は大学卒業時も保健師を志望していたのですが、採用されませんでした。もしあの時受かっていたとしても、若い頃の私ではきっと務まらなかったでしょう。
 
平野:私も辻さんと同じく大学時代は保健師を目指し、石川県の市町村に直接電話をかけるなど就職活動に力を入れていましたが、採用枠が少なくあえなく断念。方針を転換して、厳しい環境に身を置こうと外科の看護師となりました。最低5年は続けると誓いを立て、その目標を終えようとしていた頃、看護協会を通じて保健師募集の話を聞きました。念願叶い保健師となり、最初の企業に勤めて5年経つ頃に、看護大学から現在の勤務先が正社員を募集していると連絡を受けました。
 

Q3.産業看護職に就いて気づいたこと、ご自身の変化などを教えてください。

早川:結婚を機に一度退職した後、再び病院で働くことを選ばなかったのは、夜勤や交替勤務など不規則な勤務の中、家事までこなせる自信がなかったから。規則正しい生活リズムが実現できる仕事を望んでいました。生活とのバランスという点で考えると、産業看護職は長く続けることができる仕事でしょう。
一方、社内では「一人職場」で時に孤独や疑問を感じることが多くあります。その対応策の一つとして、先輩方が立ち上げられた「働く人の健康を考える会」を定期的に開催しています。この会ではさまざまな企業で働く者同士が勉強会や食事会を通して親睦を深めつつ、「どのように健診を進めているのか」「このようなケースではどう対応しているのか」など、仕事についての有益な情報や意見を交換する場となっています。
 
前野:現在の勤務先は、私が入社するまで保健師が在籍していなかったので、文字通りゼロからのスタートでした。会社としても前例となる人がいない職種だったので、お茶汲みや来客対応、社内行事の司会などもよく頼まれました。後輩となる保健師にとっても働き易い職場であってほしいという思いを持つ一方、「最初の保健師」である私の行動と選択がこの会社の保健師の前例となることにプレッシャーを強く感じていました。保健師である前に一社員であることを意識し、仕事に臨もうと決意してからは、課内の仕事にも積極的に取り組むようになり、人間関係が広がっていきました。顔を覚えてもらうことで、やがて困ったときに助けてくれる仲間が増えました。「自分の選択は間違っていなかった」と今では思っています。これからも私の大きなテーマである「企業に貢献できる保健師とは?」を自分自身に問い続けていきます。
 
平野:以前、別の企業でも保健師をしていましたが、そこでは専門職としての役割を果たすことがメインでした。しかし、現在の企業では技術や製造など他職種の方との勉強会や研修会に参加する機会を多くいただくなど、産業保健師という枠だけでなく所属企業の従業員の一人である意識が強くなりました。また、今まで医療・看護のことしか知らなかったので、社会人としての自分は何ができて、できないのかを把握することができました。まだまだ未熟な面はありますが、やっと社会人になったという気分です。
 
辻󠄀:平野さん同様、私も精神病院や看護大学、健診機関を経て、一般企業の保健師へと転職した後、自分の未熟さ、とくに礼儀や常識について、あらためて考えさせられました。病院勤務をしていた頃は、仕事自体は楽しく、とくに精神科はやりがいを感じていましたが、どうも夜勤には向いてなかったようです。その点、産業看護職は、自分の仕事の進め方次第で残業もほぼなく、土日はしっかりお休みが取れるので、ワークライフバランスの取れた働き方ができています。
 
:私も病院で働いていたことを振り返ると、夜勤が体力的に辛かったことを思い出します。末期がんの患者さんを受け持ったときに、不安や苦悩を共有するうちに、私のメンタルも不安定になるなど、このままでは看護師は続けられないなと思うこともありました。病院から企業へ環境を変えたことで、自分に合った仕事ができているような気がします。
 
 

Q4.仕事のやりがい、楽しさなどは、どのような時に感じますか?

吉田:日頃の健康状態や健診結果などで自分が関わり、病気が早期に見つかって大事に至らなかったときは本当に嬉しいです。社員さんが回復された後、「ありがとう」と診療所にご報告に来てくださるときの笑顔が心の支えになり、また励んでいこうという気持ちになります。
 
前野:保健師は従業員一人ひとりの健康に貢献できますし、さらに大きな視点で捉えれば、所属企業に対して、コンサルタントの役割を果たすこともできます。自分で提案、企画した施策について「大切な事だから頑張って」と上層部に認められたり、様々な行事の事後アンケートであたたかいコメントをもらったりすると、やりがいを感じます。
 
:以前、実習で受け入れた看護大学の学生さんから「実習を通して産業看護職に就きたくなった」と聞いたときは、うれしかったですね。
社員さんとコミュニケーションを取る中でも「おかげで良くなったよ」などと、感謝の一言をいただいたり、健康問題が改善したことを喜び合えたりできるのは、この仕事ならではのやりがいだと思います。ときには、メンタルヘルスの問題を抱えている方やその上司から、「話を聞いてほしい」と相談を受けることもあります。自分は頼りにされているなと感じられるとうれしいですし、「あなたがいてくれて良かった」と感謝の言葉をいただくと、役割を果たせているという気持ちを持つことができます。
 
平野:計画的に仕事を進められる点は、充実した毎日にもつながっていると思います。定時に退社できるため、時間と気持ちに余裕ができ、例えば研修に参加するなど、積極的に行動するようになりました。その場で、いろいろな人と出会い、新たなつながりが生まれ、学びを得るという良い循環が生まれたと思います。主体的に行動し、自分自身が成長していることを楽しんでいます。
 
辻󠄀:例えば、ニコチンパッチを使った禁煙支援や禁煙治療費の会社補助を行う禁煙支援活動を入職してすぐに企画をして始めました。この活動のように、自分が主体となって社員の健康増進のための企画を立てて実施できる点に保健師としてのやりがいを大いに感じます。もちろん、私の提案に耳を傾けてくれる上司の理解もありますが、自分の考えや思いを反映できる仕事ではないでしょうか。あと、たった一人の職場で看護学生を受け入れるのはとても大変ですが、学生が「この仕事に興味を持った」「辻さんみたいになりたい」と言ってくれると、この仕事を続けて良かったと心から思いますね。
 

Q5.最後にこれからの目標などメッセージをお願いします。

吉田:病院とは違い、基本的に元気で健康的な方を相手にする仕事です。会社で働く皆さんが健康でいられるように、そして「常に主役は社員さん」です。これからも何か気になることがあった時には、いつでも相談に来ていただけるような関わり合いを持ち続け、あたたかい診療所でありたいと思っています。
 
辻󠄀:いわゆる「一人職場」ではありますが、この仕事を長く続けるためにも、楽な方に流されないように、自らを律していきたいと思います。何をするにしても、その仕事の意味を、さらにいえば、保健師としてこの企業に所属している意味を問い続け、日々の小さな積み重ねを大切にしたいです。
 
平野:先輩の前野さんのように保健師としても、会社員としても、所属企業に貢献できるような人材を目指しています。実は病院で看護師をしていた頃、人との関わりに難しさを感じたこともありました。保健師となって社員さんと向き合う中で、あらためてまた学ばせていただいていることの多さに気づきました。自分にとって、とても良い仕事と職場と仲間に巡り会えたと思っています。
 
:これからも研修に出たり、知らない健康情報や用語を耳にした時は調べたりと、常にアンテナを張りながら学び続けるつもりです。企業の看護職は社員の健康だけでなく人生を考える仕事であると思います。今後も一人ひとりの従業員が健康で幸せに過ごしてほしいという気持ちを持って、関わりたいと思います。
 
前野:最近は企業も高齢化や人手不足などで従業員の心身の健康管理は最重要事項です。ストレスチェックも法制化され産業看護職のニーズは高まり、ますます活躍できる職種になるでしょう。資格のある方は病院だけではなく、ぜひ企業にも目を向けてほしいです。
 
早川:常に目標を持ち、まずは「自ら動くこと」が大事だと、これから産業看護職を目指す方には伝えたいですね。企業での専門職として、さまざまな知識や経験が求められますので、日々謙虚に学ぶ姿勢で取り組むことが大事だと思います。今後も従業員が心身ともに健康で快適な社会生活を送れるように、人との繋がりや地域とのネットワークを大切に、地道に産業保健活動を続けたいと感じています。興味がある方は、ぜひ「産業看護」の世界にも飛び込んでみてはいかがでしょうか。

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