ナースセンター

頑張るナースの声届けます

インタビューは2021年6月に行われました
コロナ禍、「持続可能な看護」への思いは強く

  進学を機に上京し、そのまま都内の総合病院で勤務していましたが、自宅と職場を往復する日々に疲れを感じて昨年(2020年)夏に帰郷。それでも看護の現場から離れることはなく、さっそく県の青空ハウス診療所(COVID-19 宿泊療養所)のスタッフとなり、主に電話対応を通して入所者さんの熱や食欲の有無などを確認し、わずかな症状の変化を見逃さないようしていました。
 
 感染予防に関する知識と経験があり、十分な対策を取ることができれば、どこで仕事をしても不安はありません。青空ハウスで働き始めて半年後、再び全国的に感染が拡大したタイミングで宮城県への派遣の打診を受けた際も「行きます」と快諾しました。仙台には4月中旬から約1ヶ月間滞在し、2交代制で勤務をしていました。業務内容は変わらず、軽症の入所者さんを注意深く観察し、コミュニケーションをとりながら、重症となった(なりそうな)場合は指定の医療機関と速やかに連携します。多くのスタッフが在籍していましたが、すべきことは「健康管理」と明確だったので、私のように他県から応援に来た看護師や派遣ナースの誰もが初日から戦力となることができました。
 
 滞在中は患者数も落ち着き始め、現場では混乱することなく働くことができました。風通しもよく、皆さんフレンドリーだったのが印象的です。きっと東日本大震災の経験が生かされているのでしょう。今回のコロナ禍の看護を経験して私は「持続可能な看護」について考えるようになりました。ナース個人の頑張りには限度があります。現場で「やるべきこと」を整理し、チーム全体で注力できる体制を築くことが大切だと思うのです。質の高い看護の提供は忘れてはいけませんが、「やること」と「やらないこと」を意識することも必要なのではないでしょうか。変異株の発生など終息はまだ先のことのように思えます。コロナ以外の患者さんも多く待機している状態です。今後数年間、私たち医療従事者には一層の頑張りが求められるはずです。だからこそ、関係者が疲弊せずに働ける環境づくりが進むことを願っています。私自身も仕事がメインの人生を送ってきましたが、もう少し日常も楽しめるようなバランスのとれた
働き方がこれからはできればと考えています。
 

インタビューは2021年1月に行われました
看護の喜びと、働けることへの感謝を日々感じています

 夫の転勤で敦賀から金沢に引っ越した後、第一子を出産。自宅で育児に専念する毎日に社会との隔たりを少しずつ感じるようになりました。新型コロナの感染拡大が進む状況でしたが、「病院に戻りたい」「役に立ちたい」と現場復帰への思いは強くなる一方です。ちょうどその頃、通っていたハローワークで石川県ナースセンターの存在を知り、県の看護協会が運営する団体なら信頼できると連絡。おかげさまで手厚い支援を受けられました。
 
 平日4日のパートタイムで再就業した石川県立中央病院は、自宅から近く、出産でお世話になった「第一志望」の勤務先でした。しかし、病院HPやハローワークの求人情報、転職サイトなどを調べてもパートタイムの募集はありません。ナースセンターの面談で担当者にダメ元で希望を伝えたところ、その場で病院に連絡をとっていただき、面接へとつないでもらいました。他にはない情報と独自のネットワークを有するナースセンターに頼って本当によかったです。
 
 約1年半のブランクはありましたが、過去の勤務先で急性期と慢性期の両方を担当した経験を活かし、新しい職場(消化器内科や耳鼻科などの混合病棟)でも一から頑張っています。ともに働く皆さんはいつも温かく、仕事のアドバイスはもちろん、保育園のお迎えの時間が近くなると「早く行かんなんよ」と声をかけていただいています。奈良県出身のため、方言に戸惑うこともありますが、日々のコミュニケーションを楽しみながら、自分が関わることで少しでも患者さんとご家族にいいことがあればとベッドサイドに向かっています。再就業後、これまで以上に「ありがとう」「あなたでよかった」など、患者さんからの言葉の中に看護の喜びを見出すようになりました。
 
 最後になりましたが、働きたい気持ちがあるなら、ぜひナースセンターに行ってみましょう。スタッフの皆さんは快く迎えてくれるので想いを伝えやすいと思いますし、自分に合った働き方を勧めてくれるはずです。これからも仕事ができることに感謝しながら、在宅支援など興味関心がある分野の勉強もいつかは始めたいと思います。
 

インタビューは2020年7月下旬に行われました 
Q コロナの患者さんを担当することになったきっかけは?

「私で役に立てるのなら。この経験を活かす時がまたくるかもしれない」と思い立ち、コロナ病棟のスタッフになりました。平時の看護との大きな違いは、防護具をフル装備してのケアでしょうか。患者さんからも「そんな格好で大変やね」 と労いの言葉をかけていただきました。実際、発汗は著しく、緊張感と暑さで想像以上に体力を消耗しました(着脱後のマスク痕にも悩まされました)
 

Q 働いている期間中はどうでしたか?

A 普段にも増して、体調を管理し、報道と現場がリンクしている事態に今までの医療現場とは違った緊迫感がありました。病棟内では、陰性の結果が出ずに入院期間が伸びてストレスをためる患者さん、自身が感染してしまったことに強い自責の念を感じる患者さん、病院の外で回復を祈るご家族、臨終に付き添えなかったご家族と、さまざまな感情に接してきました。また私たちも感染リスクや限られた防護具の使用回数を考慮した結果、病棟に常駐できず、患者さんに不安な思いをさせました。
病棟に入る看護師は目以外の表情は、防護具に覆われた状態でしたが、ベッドサイドを訪れたときは、その目をしっかりと合わせて話を聞くように心がけました。また、インターフォンでの会話の際は声かけの内容や声のトーンを意識して心を通わせることに努めました。対面ではない分、声の表情が心を伝えることを、双方(患者・医療者)の声を聞くことで体感しています。チームのメンバーとは日頃から大切にしているチームワークを発揮すべく「乗りかかった船だから、最後まで頑張ろう」と励まし合い前へと進みました。結束力は高く、ユーモアを忘れずに懸命に従事することができました。
 

Q 県内における最初のピークが過ぎた今、思うことは?

A 私たちコロナ病棟のスタッフは、孤立無縁の状態で未知のウイルスと闘っていたわけではありません。 病院からは必要な医療物資の供給をはじめ、全面的なバックアップを受け、働きやすい環境を整えてもらい ました。市民の皆様からは、心のこもった温かいメッセージをいただきました。個人的にはこの期間中、 国内外の友人とのSNSを使ったコミュニケーションも力になりました。今回の看護から人とのつながりをより強く感じています。
近い将来、ワクチンが完成するなど有効な治療法が確立しても、感染リスクがゼロになることはないでしょう。市民の皆さんの協力、とくに日常生活における感染対策が重要だと思います。このような時期ですから、看護の現場への再就職は大歓迎です。一般病棟の入職でも現場は大変助かります。今はどの病院もOJTは充実し、働き方の選択もできるようになっていると思います。
私たちの使命はとにかく最善を尽くすこと。第二波が既に来ていますが、必要以上に不安になることはなく、チームのメンバーや上司と話し合うことを大切にしながら、正しい技術と知識を持って全員で関わっていくつもりです。
 

インタビューは2020年7月下旬に行われました 
Q コロナの患者さんを担当することになったきっかけは?

A 元々感染症の患者さんをケアする病棟に所属していたので、コロナ発生後は、そのまま担当チームの一員となりました。着脱に時間がかかる特殊な防護服に袖を通し、同僚に点検してもらい、隙間をテープで防いで、ゾーニングされた病室へと向かう日々が始まりました。これまでの看護との大きな違いは徹底した感染対策ですね。専門病棟で看護を終えた後は、防護服を脱いで顔と首を念入りに消毒し、勤務終了後はシャワーを浴びて帰宅しました。感染のリスクに常にさらされている不安が幼い子どもたちにも伝わったのか、一時は心苦しい思いをさせました。
 

Q 働いている期間中はどうでしたか?

A 4月のある日、咳が止まらなくなりました。診察の結果は風邪でしたが、(私自身が)コロナに感染することよりも、患者となって誰かにうつしてしまうことが本当に怖かったです。同僚の中にも不安を抱えながら勤務している者は少なくなかったと思います。そのような中、病棟の師長は常に余裕のある態度を保ち、コロナに関わるスタッフ全員と個別面談を実施して気持ちを吐露する場を設けてくれるなど、そのリーダーシップには本当に助けられました。
 

Q 今回の介護を振り返って、今思うことは?

A 忘れられない患者さんとの出会いがありました。お一人は、人工呼吸器の挿管を嫌がる60代の男性で、ご家族は強く勧めるものの、本人の意志は固く、その話し相手を何度か務めるうちに「(私の)気持ちを代弁してほしい」と依頼されるまでに信頼関係を築くことができました。幸い快方に向かい、挿管することはありませんでしたが、「コロナの患者さんだから」と一括りに対応せず、どのような時でも個人の気持ちを尊重し、その上でベストを尽くすことに集中するようになりました。
もう一人は、重体の状態で運ばれてきた60代の男性です。奇跡的に回復の兆しが見え始めてからは、同僚と一緒にまずは栄養について、その後、寝たきりの状態が続くと、次は効果的なリハビリについて考えるようになりました。「自宅に歩いて帰ってもらおう」とみんなで目標を立て、リハビリや栄養のスタッフに助言を仰ぐなど全員で継続して支えました。結果、退院されて、今では自転車に乗るまで回復できたとうれしい報告を受けました。
コロナ前は日々の業務の忙しさもあり、患者さん一人ひとりに本当に必要なものが何かを探ることや、私たち看護師ができることを深く考えてはいなかったように思います。しかし、コロナ専従となってからは、私なりに看護の「原点」に立ち返ることができたような気がします。